コミュニティのこと

Community Drive始まりました

community-drive.com

 2017年12月、嬉しいニュース。コミュニティにをテーマにしたCommunity Drive という Podcast がはじまりました。

コミュニティ好きな人ならオススメです。法林さんも関わられているということで、期待大です。しかも、1回目のゲストは高橋征義さんとのこと。 ということで、こちらのPodcastを聞いた刺激を受けつつ、来年のコミュニティ活動に向けた、今の思いをとりとめもなく書いてみたいと思います。ちなみに僕は、Ruby のコミュニティがコミュニティ原体験なので、だいたい高橋さんのおっしゃられることはすんなり飲み込めるものばかりだったように思います。

 

 

「コミュニティはひとつ」

・コミュニティの基本コンセプトと思っている「信頼関係」「自主的」「オープン」をある程度満たしていれば、それらはもうある意味一つのおおきなコミュニティであり、境界はない、というイメージを持っています

・そして、その外の世界とのやりとりのために、なんらかの名前であったり、もっともらしい立て付けが求められる、といったイメージを持っています

・遠隔での情報のやりとりの制約により低かった自由度も、ネットの進化により、非常にフレキシブルになってきている(変化が速すぎていろいろ弊害もでてはいる気がしますが・・)

・コミュニティ全体が Mastodon の連合のようなものだとすれば、 それぞれのコミュニティは、そこでのトゥートにつけるハッシュタグみたいなもの、というイメージを持っています。

 

「コミュニティイベントの巨大化とは違う方向に**がんばる(動画、リモートの可能性)」

・どんどんイベントが大きくなって、運営はすごく大変で、ボランティア精神が燃え尽きるぐらい大変になってしまう

・すごいお金がかかるようになって、お金の流れでイベントが成立するようになる(お金に振り回される、という大変さある)

  たくさんの人が集まるリスクは年々高まってきている(リスク敏感、という面もあるかもだけど)

 

みたいな状況を打破していきたいですね~。そのためには、

 

・準備に1年かけて何千人のイベントより、1~2ヶ月程度の準備でできる中小規模のイベントがたくさん開催される

・それぞれのイベントにリモートからも参加できる(動画ライブ配信インフラが整ってきている状況を活用)

・イベントの日程かぶりを無くせるよう、調整が働き、計画的にコンテンツが投下される

 参加者の嗜好ごとのグループに合わせたカレンダーに登録するような形で枠を押さえられるようになるといいな~

 アドベントカレンダーは基本的に12月だけだけど、それを超えて、ずっと毎日コンテンツがリリースされ続ける、

 (さらに言えば、365日24時間ずっとコンテンツが流れ続けている(まあ、寝る時間も必要だから、8時間ごとに

 同じコンテンツを3回繰り返す、でもいいですw)みたいな状況が理想かな~。たぶんniconicoとかは、そんな

 感じになってるみたいですよね)

 

というような状況になるといいな~と思います。

 

「コミュニティ運営をコンパクトに」

昔なら、法人にしなければできなかったことが、今なら個人レベルでもできるようになってきたことって、たくさんあると思います。

まだなかったら、それこそサービス化のチャンスかも!?

 

<余談>

以前とあるPodcastで聞いた話ですが、サンフランシスコでは、考えつく限り、ありとあらゆるサービスがどんどん生まれて来ている、といいます。こういうのって、そういうサービスを産む人と、そういうサービスを楽しんで多少のリスク覚悟で使ってみる人の、両方がいないとうまくいかないと思います。我々は、シリコンバレーで生まれて世界規模になったサービスを使って「すげー!日本はだめだなぁ」みたいな気持ちになることもあると思いますが、そうじゃないよなぁ、と思ったりします。

日本でも、どんどんチャレンジングなサービスが出てくるような状況がいいな~と思います。

 

運営体制が大人数になってくると、いろいろ大変なことが増えてくるし、固定化したりすると、弊害も増えてくるので、できるだけコンパクトであることが理想的と思います。というか、極端な話、原動力となる人は一人でいいと思うんですよね。企画と熱意がある人が、何かを初めて、あとはその人がコミュニティと繋がっていれば、自然に必要なリソースや参加者が集まって来て、実現できる、みたいな状況になってきていると思うんですよね。

 

 

という価値観から注目しているイベントの例

 Yatさんや細谷さんがされているような動きに、注目しています。 

 

「より普通の人の普通の人による普通の人のためのコミュニティ」も楽しみたい

もともとIT(そしてインターネット)が(ここでいう)コミュニティの可能性を牽引してきたと思うのですが、これがその枠を超えて、それ以外の世界の人にも広がってきている、という流れがあると感じています。ここでいう「普通」とは、そういうニュアンスとご理解いただければと。コミュニティを知らない普通の人がコミュニティを知った時、その自由さ、楽しさは、想像を超えたすばらしいものと感じた人も多いと思います。まだ知らない人には想像もつかないような・・・。クローズな集団や縦社会の会社に所属している人は、まだまだすごく多いと思いますし、個人で頑張っているフリーランスの方にとっても、非常に魅力的な世界だと思います。ボランティアということばは「無料の」という意味ではなく、「自主的な」という意味が本来だと思うのですが、そういった点ひとつとってみても、コミュニティを知っている人とそうでない人では、考え方が大きく変わってくるものだと感じることが多いです。この素晴らしいコミュニティというものは、ITエンジニアのコミュニティでなくても、全く同じではないにしても、ある程度同様に機能しうるものだということに、みんなが気付き始め、それを盛り上げようとしているのを目にします。こういったところは、まだまだコミュニティ初期段階なので、そうそう一足飛びにこれまでに書いたような感じではなく、内輪感の強すぎるコミュニティになってしまったり、コミュニティでの振る舞いが利己的になりすぎる人が現れたり、お金駆動の組織や巨大ヒエラルキー組織にといった、コミュニティとは異なる価値観で動いているものにふりまわされたり、上下関係やヒエラルキーを作ることで組織を強固なものにしようとしたり、などなど、色々な困難にぶつかったり、場合によっては壊れてしまったりすることもあると思いますが、そういった諸々のごたごたをしながら、ちょっとずつコミュニティが良いコミュニティになっていく過程も含めて、コミュニティがだんだん良くなっていくこと自体がコミュニティの醍醐味でもあると思っています。(まあしんどいのでのんびりやらないとすぐ燃え尽きちゃう危険性もあるかもですけど)。「普通の人」は、「普通じゃない人」よりたくさんいます。普通の人にとってより良い社会にすることが、一番多くの人にとってよりよくなります。その上で、普通の人だけじゃなく、いかに、より多くの、より少ない(マイノリティー)である「普通じゃない人」にとっても「普通の人」と同じくらいより良い社会にできるか、が、多様性を大事にする、ということなのではないかと思います。

 

2018年も、引き続きがんばらないようにがんばりたいと思います。

コミュニティ活動は、「ただ、そこにいる」が基本だと思っているので。なにかがんばないといけないとか、もっとすごいことができるようになりたい、というのは、そもそもコミュニティの文脈でいうとちょっと理想的ではない状況のような気がします。ただそこにいて、楽しめることを見つけて楽しむ、という姿勢でやっていければと思います。